『教養として学んでおきたい三国志』を読むと、これまで物語として楽しんできた三国志が、まったく違った姿で見えてきます。曹操、劉備、諸葛亮、関羽といった英雄たちの活躍だけでなく、史実と物語の違いや、日本と中国で異なる三国志の受け止め方まで知ることができるからです。
三国志の名前や有名な武将は知っているけれど、魏・蜀・呉がどのように成立したのか、史実と『三国志演義』では何が違うのかまでは説明できない。そんな人にとって、本書は三国志を教養として整理し直すきっかけになる一冊だと感じました。
特に面白いのは、「知っているつもりだった三国志」が何度もひっくり返されるところです。物語を楽しんできた人ほど、新しい発見が多いのではないでしょうか。
『教養として学んでおきたい三国志』で分かる三国時代の全体像
三国志というと、劉備や曹操、諸葛亮など一人ひとりの武将の物語に目が向きがちです。しかし、まず知っておきたいのは、そもそもなぜ「三国」が生まれたのかという全体像です。
印象に残ったのが、三国時代の始まりを簡潔に整理した一節でした。
中国統一を果たそうとする曹操は、二〇八年、 赤壁 の戦いで、劉備と結んだ 孫権 の武将 周瑜 に敗れた。 こうして、曹操の息子の 曹丕( 文帝)が建国する魏( 曹魏、二二〇~二六五年)、劉備の蜀( 蜀漢、二二一~二六三年)、孫権の呉(孫呉、二二九~二八〇年)という三国が 鼎立 する三国時代が始まる。
引用:『教養として学んでおきたい三国志』渡邉義浩著
赤壁の戦いは三国志を代表する有名な出来事ですが、それを単独の名勝負として見るのではなく、魏・蜀・呉という三国が並び立つ流れの中で捉えると意味が変わってきます。
人物を追うだけではなく、大きな歴史の流れを押さえてから個々のエピソードを見る。本書を読むことで、三国志の世界が頭の中で整理されていく感覚がありました。
英雄たちは同じ未来を見ていたわけではない
『教養として学んでおきたい三国志』で興味深かったのは、曹操、劉備、孫権たちを単純な敵味方としてではなく、それぞれ異なる方向を目指した存在として描いているところです。
特に心に残ったのが、三者の違いを大きな時代の変化と結びつけた部分でした。
滅びていく漢を受け継いだ劉備・諸葛亮、劉備の志のため、すべてを賭けた関羽、張飛、趙雲たちは、崩壊しようとする価値観の再建を目指した。いわゆる保守、伝統を守ろうとする人々である。とくに諸葛亮の生き方は、 朱子学 を創設した 朱熹 など、後世の人々に大きな影響を与えた。 漢の復興を 諦め、天下を三分して 江東(長江下流域)に独立した孫権、その構想を立てた 魯肅 は、ローマ帝国をも分裂させた地球規模での寒冷化に対応し、江東に割拠して、地域の開発に注力した。現在、中国経済の中心地となっている長江下流域の発展は、ここに端を発している。 時代の主役ともいえる曹操は、はじめは漢帝国の復興を目指して矢継ぎ早の改革を試みたが、やがて漢そのものを滅ぼす根源的な変革を求めるようになる。曹操に袁紹を破らせた参謀の 荀彧 は、そうした曹操の志の変化に苦しみ、やがて死に追い込まれる。
引用:『教養として学んでおきたい三国志』渡邉義浩著
劉備たちは失われようとする伝統を守ろうとする。孫権たちは地域に基盤を築く。そして曹操は、やがて既存の仕組みそのものを変えようとしていく。
こうして見ると、三国志は単なる領土争いではありません。何を守り、何を捨て、どんな新しい時代をつくろうとするのか。その価値観の衝突として読むこともできます。
英雄の強さや軍師の知略だけを追っていたときには見えなかった面白さでした。
『教養として学んでおきたい三国志』が教える物語と史実の違い
三国志を知っている人ほど楽しめそうなのが、物語として広まったエピソードと史実との違いです。
たとえば赤壁の戦いにおける有名な火攻めについて、本書には次のような記述があります。
数十万の曹操軍に対して、周瑜と 程普 が指揮する孫呉軍はわずかに数万、この劣勢を覆す策をもたらしたのが黄蓋である。黄蓋は、曹操の水軍が密集していることに着目し、投降を装って曹操軍に入り込んで火を放てば、壊滅的なダメージを与えられると進言する。 物語では、この火攻めは周瑜と諸葛亮の発案ということになっているが、史実では黄蓋の策である。
引用:『教養として学んでおきたい三国志』渡邉義浩著
こうした違いを知ると、「物語は間違っている」という話ではなく、なぜ物語ではその人物の活躍として描かれたのだろう、と別の興味が湧いてきます。
史実を知ることで物語の面白さが失われるどころか、むしろ二重に楽しめるようになります。「史実ではどうだったのか」「後世にはどう語られたのか」を比べながら読めることが、三国志という題材の奥深さなのだと思いました。
日本と中国では「三国志」が違って見える
さらに驚いたのは、日本と中国では「三国志」に対する認識そのものにも違いがあるという点です。
読み返したくなった一節があります。
吉川英治の『三国志』は、種々ある『三国志演義』の中でも、明で盛んに読まれていた 李卓吾先生批評『三国志』という版本を超訳した 湖南文山 の『 通俗三国志』に基づき著されたものである。一方、中国では、 清 の中期以降に『三国志演義』の決定版となっていく『 毛宗崗 批評三国志演義』が、「三国志」理解の基本となっている。このため、日本と中国では、人々の「三国志」の認識が少し異なる。 たとえば日本では、吉川英治が諸葛亮と共に主役として描いた曹操の評価が高いが、中国では、清の皇帝が篤く信仰していた 関帝(神格化された関羽)が、諸葛亮や曹操よりも物語の中で重く扱われている。
引用:『教養として学んでおきたい三国志』渡邉義浩著
同じ「三国志」という名前であっても、どの作品を通して接してきたかによって人物への印象まで変わる。この視点はとても新鮮でした。
さらに、日本で三国志が知られるようになった歴史もかなり古いことが分かります。
日本人が「三国志」に触れたのは平安時代の頃で、 空海 が書いた文章に諸葛亮の記述が出てくる。鎌倉時代になると、「三国志」は武家政権に受け入れられ、たとえば『 太平記』や『 義経記』には、劉備と諸葛亮の「 水魚 の交わり」に関する記述が残っている。
引用:『教養として学んでおきたい三国志』渡邉義浩著
三国志は現代になって日本へ入ってきた物語ではなく、長い時間をかけて日本文化の中に入り込んできたことが分かります。
私たちが当たり前のように知っている諸葛孔明や曹操、関羽といった人物像も、長い歴史の中で形づくられてきたものなのだと気づかされました。
三国志を「物語の次」に進めたい人におすすめ
『教養として学んでおきたい三国志』は、三国志を初めて知る人だけでなく、小説、漫画、ゲームなどですでに三国志に親しんでいる人にも向いていると思います。
むしろ、ある程度人物や出来事を知っている人ほど、「これは物語だったのか」「史実ではこうだったのか」「中国では人物の評価が違うのか」と驚く場面が多そうです。
誰が一番強かったのか、どの軍師が優秀だったのかという楽しみ方からもう一歩進んで、三国志がなぜ長く語り継がれているのかを考えられる。歴史と物語の両方を楽しむための入口になる一冊です。
まとめ
『教養として学んでおきたい三国志』を読むと、三国志が単なる英雄たちの戦争物語ではないことが見えてきます。
漢という古い秩序をどうするのか。それぞれの人物がどんな未来を目指したのか。史実が後世の物語の中でどう変化したのか。そして日本と中国では、なぜ同じ人物への印象が違うのか。
知っているつもりだった三国志の背後に、これほど多くの歴史や文化が重なっていたのかと気づかされます。
曹操、劉備、諸葛亮、関羽たちの物語が好きな人はもちろん、「三国志は有名だけれど、実はきちんと説明できない」という人にもおすすめです。物語として楽しんだ三国志を、今度は教養として学び直したくなる一冊でした。
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