現代のテクノロジーと地下社会の交差点を見事に捉えた『HACK』は、読む者に強い衝撃を与える作品です。私たちが普段目にするネット社会の裏側に、どのような世界が広がっているのかを知りたいと感じている方に、まさに打ってつけの一冊と言えます。
国家や巨大プラットフォームによる管理が進む中で、個人の自由やプライバシーを守ろうとする思想と、それに伴う闇の経済がどのように繋がっているのか。本書を読むことで、最新のテクノロジーがもたらす光と影のリアリティを深く理解することができます。
今回は、本書の魅力や物語を通じて突きつけられる現代社会のリアルについてご紹介します。
『HACK』が暴くデジタル社会の裏側とプライバシー
私たちが日常的に使っているスマートフォンやSNSは、便利さの裏で常にデータを収集され、管理されています。そうした環境から逃れようとする人々の行動や技術的な背景が、本書では具体的に描かれています。
特に心に残った言葉として、次の一節があります。
GrapheneOSをインストールしたPixelのスマホを取り出し、暗号メッセージングアプリのSignalを立ち上げた。 サードパーティによって改変されたスマホのOSはカスロム(カスタム ROM) と呼ばれるが、そのなかでもAndroidのOSのソースコードを書き換えたGrapheneOSは、アプリ単位でネットワークアクセス権限を設定し、バックグラウンドでのデータ送信を無効化できるなどセキュリティ機能が強化されていて、GoogleやMetaのようなプラットフォーマーがユーザーのデータを勝手に収集するのが気に入らないハッカーに愛用されている。
引用:『HACK』橘玲著
巨大IT企業によるデータ収集に対して自衛する技術や、それを扱う人々の心理が緻密に描かれており、私たちが普段無意識に受け入れているデジタル環境への疑問を呼び起こされます。単なるフィクションにとどまらないリアリティに引き込まれました。
『HACK』で描かれる暗号資産と国家を超えた思想
暗号資産やTorといった技術は、国家による中央集権的な管理を拒絶し、個人の自由を追求する思想と深く結びついています。本書では、そうしたリバタリアニズムの思想的実践と、それがもたらした現実の事件についても触れられています。
印象に残った一節をご紹介します。
ダークウェブを知ったのもやはり高校時代で、〝闇のアマゾン〟〝ドラッグのイーベイ〟と呼ばれる、「シルクロード」というサイトが英語の匿名掲示板で話題になっていた。ビットコインとTorを組み合わせたEコマースのサイトを独力で構築したのはロス・ウルブリヒトというアメリカの若者で、市場の取引に国家が介入することを拒絶するリバタリアニズム(自由原理主義) の思想的実践だった。 高校生の樹生は、「中央集権的な管理者のいない分散型の社会をつくる」というリバタリアンの思想信条を、テクノロジーを使って現実のものにできることに衝撃を受けた。さすがにドラッグを買う度胸はなく、シルクロードのロゴが入ったTシャツをビットコインで買って日本に送ってもらった。 ウルブリヒトは二〇一三年一〇月に逮捕され、終身刑二回に、さらに仮釈放なしの禁錮四〇年が加えられるというきびしい判決が下された。これに対してアメリカ国内で、思想への処罰としてあまりに重すぎるとの反発が広がり、ウルブリヒトの釈放を求めるサイトがつくられ、俳優のキアヌ・リーブスなどが賛同した。樹生も請願書に署名し、わずかだが寄付もした。ウルブリヒトは孤独な高校時代のヒーローであり、憧れだった。
引用:『HACK』橘玲著
国家の介入を排除するという純粋な思想と、それが実際の闇市場として機能してしまった現実、そして過酷な判決に対する社会の反響など、テクノロジーが巻き起こす倫理的な問題について深く考えさせられる描写です。
テクノロジーが変える社会構造と新時代の現実
AIや暗号資産の発達に伴い、国家に頼らない新しい社会システムや本人確認の手法が登場しています。テクノロジーが進化することで、人間の生き方や社会のあり方がどう変わるのかというテーマも印象的です。
思わず線を引いた箇所があります。
ワールドコインはChatGPTを開発したOpenAIのサム・アルトマンが共同創業したプロジェクトで、今後、AIがもたらすであろう無尽蔵の富を原資に、世界中の八〇億人にベーシックインカムを提供することを目指している。そのために考案された暗号資産がワールドコインで、Orb(オーブ) と呼ばれる専用端末で 虹彩 を認証するとID(World ID) が発行され、毎月一回、配当が受け取れる。現在は月額一〇〇〇円程度だが、将来的には、配当だけで誰もが働かずに暮らしていけるのだとされる。 国家を介さずにベーシックインカムを配布するときの最大の問題は、戸籍やパスポート、運転免許証など、国家が管理するデータベースで本人確認ができず、なりすましやボットによる不正請求を防げないことだ。そこでワールドコインでは、虹彩認証用の端末を世界中に設置し、IDを取得した者がボットではなく「人間」であることの証明としている。固有の虹彩に対して固有のIDが紐づけられるため、国家の介入を排して本人確認ができるのだ。 端末のOrbは日本でも設置が増えていて、新宿だけでも四カ所ほどある。スマホにアプリをダウンロードして虹彩を登録すれば、あとは毎月、配当を受けを見るためにアプリを開くだけでいい。樹生はこのプロジェクトが始まった二〇二三年にバンコクで虹彩認証していた。
引用:『HACK』橘玲著
現実の最先端プロジェクトを取り入れながら、国家の管理を離れた本人確認やベーシックインカムの実現可能性が具体的に語られています。未来の社会像が目の前に迫ってくるようなリアリティを感じます。
東南アジアのリアルな格差と地下社会の構造
物語の舞台となる東南アジアの現実や、過酷な階級社会についての描写も非常にリアルです。日本の恵まれた環境とは異なる世界が浮き彫りになります。
読み返したくなる一文として、以下の一節があります。
タイは強固な階級社会で、バンコクと地方の経済格差は大きい。上流階級を構成するのは国王を頂点とする王族と、官僚や軍のタイ人エリート。それと共生するのが華僑の富裕層だが、首相になった 客 家系のタクシン・シナワットのようにタイに同化して成功する者も多い。 中間層は、バンコクの会社で働く大卒のホワイトカラー。最下層は小学校しか出ていないような地方出身者で、女はメイドか風俗業、男は肉体労働か闇商売をしている。この三つの階層は交わることはなく、地方の貧しい若者が都会に出て成功するという話は、タイではマンガの題材にすらならない。
引用:『HACK』橘玲著
厳しい階級社会の現実や格差の存在が、地下ビジネスや人々の行動原理にどのように影響を与えているのかが明確に伝わってきます。華やかな観光地の裏側にあるリアルな社会構造に驚かされます。
まとめ
本書は、最先端のテクノロジー、国家と個人の対立、そして東南アジアの地下社会や格差問題など、現代世界が抱える深層を圧倒的なリアリティで描き出しています。
ネットの裏側で何が起きているのか、テクノロジーがもたらす自由とリスクの正体を知りたい方にとって、間違いなく知覚を揺さぶられる一冊です。スリリングな展開と深い洞察を、ぜひ実際に読んで体感してみてください。
コメント