「あの人は生まれつき才能があるから」|私たちは、卓越した成果を出す人を見てついそう口にしてしまいます。しかし、最新の科学が明らかにしたのは、私たちが「才能」と呼んでいるものの正体は、実は「凄まじい時間の積み重ね」であるという衝撃の事実でした。
今回は、マシュー・サイド氏の著書『才能の科学』から、人と組織の可能性を解放するための鍵を探ります。
1. 最高の演奏家と教師志望を分かつ「1万時間」の壁
私たちが「天才」と呼ぶ人々は、実際にはどれほどの時間をその活動に費やしているのでしょうか。心理学者のエリクソンらがバイオリニストを対象に行った調査では、驚くべき結果が出ています。
二〇歳になるまでに、最高のバイオリニストたちは平均一万時間の練習を積んでいた。 これは良いバイオリニストたちより二〇〇〇時間も多く、 音楽教師になりたいバイオリニストたちより六〇〇〇時間も多い。この差は統計的に有意どころか、すさまじい違いだ。最高の演奏家たちは、最高の演奏家になるための作業に、何千時間もよけいに費やしていたわけだ。
引用:『才能の科学 人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』マシュー・サイド著
この調査において、「死ぬほど練習したのにトップになれなかった人」も、「練習せずに入れた人」も一人もいなかったといいます。いわゆる「一万時間ルール」は、あらゆる複雑な技能を身につけるための最低限の条件なのです。
2. ただの練習では意味がない?「目的性訓練」の重要性
単に時間をかければ良いわけではありません。重要なのは「目的性訓練」と呼ばれる、質の高い練習です。
目的性訓練とは、少しばかり力がおよばなくて実現しきれない目標を目指してはげむこと。現在の限界をこえる課題に取り組んで、くり返し達成に失敗することだ。傑出とは、快適な領域から踏み出し、努力の精神をもってトレーニングにはげみ、艱難辛苦の必然性を受け入れることにかかっている。
引用:『才能の科学 人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』マシュー・サイド著
世界トップクラスの選手は、自分が「すでにできること」を繰り返すのではなく、「あと少しで手が届きそうな課題」に挑み、失敗し、修正するプロセスを何千時間も繰り返しています。進歩とは、必然的な失敗の上に築かれるものなのです。
3. 「神童」という幻想の裏側にあるもの
モーツァルトやタイガー・ウッズなど、幼少期から活躍する「神童」もまた、例外ではありません。彼らの背後には、常に早期からの圧倒的な練習量と、それを支える環境がありました。
タイガー・ウッズが一九八八年に僅差でマスターズ最年少優勝者になったとき、多くの専門家は、もっとも天賦の才に恵まれたゴルファーだと称賛した。(中略)一〇代なかばの頃には、ウッズは一万時間におよぶ熱心な練習を重ねていた。まさにモーツァルトのように。
引用:『才能の科学 人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』マシュー・サイド著
神童とは「近道」を見つけた人ではなく、人より早く「一万時間」をスタートさせた人に過ぎません。
4. 成長の鍵を握る「マインドセット」と「動機」
一万時間もの過酷な訓練を支えるのは、本人の内面にある「動機」です。特に、失敗を恐れず「成長の機会」と捉える考え方が不可欠です。
転倒を失敗だととらえなかったからだ。成長の気がまえをそなえた彼女は、転倒を単なる上達の手段と見なしただけでなく、むしろ上達しつつある証拠だととらえら。失敗は労力と活力を奪うものではなく、学習し、成長し、適応する機会をもたらすものだととらえたのだ。
引用:『才能の科学 人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』マシュー・サイド著
これは、フィギュアスケートの荒川静香選手が、金メダルを手にするまでに2万回以上転倒しても挑戦を続けた理由を説明しています。
5. 才能説という「呪縛」を解き放つ
「才能がないから」と諦めることは、自分の可能性を自ら閉ざすことに他なりません。著者は、才能という概念を捨て、可能性を信じることの重要性を説いています。
「傑出性才能説」は、単に理論として不備なだけではない。現実の世界でも悪質で、個人や団体から、みずからと社会を変える動機を奪ってしまうのだ。技能はつき詰めれば訓練の質と量によるものだという考えを受け入れないまでも、練習はかつて考えられていたよりずっと重要だと認めてもよいのでは?
引用:『才能の科学 人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』マシュー・サイド著
誰にでも傑出性への道を歩める可能性がある。この事実を受け入れることが、飛躍的な成長への第一歩となります。
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