作家・有吉佐和子が、人類学者の畑中幸子氏を訪ねてパプアニューギニアの奥地へと足を踏み入れた紀行文『女二人のニューギニア』。1960年代後半、未開の地で孤軍奮闘する調査官の日常と、都会育ちの作家が直面する異文化の衝撃は、時代を超えて私たちの「豊かさ」の定義を揺さぶります。
1. 想像を絶する過酷な日常と適応力
文明社会から隔絶されたニューギニアの奥地では、日本での常識が一切通用しません。有吉氏は当初、現地の衛生環境に対して入念な準備をして臨みますが、現実はその予想を遥かに超えるものでした。
「川の水が茶色いので、私は消毒液を落して飲んでいるけれど、あなたは携帯用のロカ器を持って来た方がいいと思うわ」という手紙があったので、すぐにその道の専門家に頼んで携帯用の他に一年間保証付きの大きなロカ器も買込んで船荷にして送り出した。そのときは、まさか私が現地で茶色い水を平気でガブガブ飲むような事態にたち到ろうとは夢にも思わなかった。
引用:『女二人のニューギニア』有吉佐和子著
道なき道を川沿いに歩き、茶色い水で米を炊き、洗濯をする。そんな極限状態の中で、有吉氏は自身の身体が熱帯の風土に馴染んでいく不思議な感覚を綴っています。
2. 孤独な調査官を支える「日本製品」と友情
現地でただ一人の日本人として調査を続ける畑中氏の生活は、驚くほど質素でした。主食は乾パンとコンビーフという過酷な食生活の中で、有吉氏が持ち込んだ「日本の味」が二人の心を繋ぎます。
私の作ったもので畑中さんがおいしいとほめてくれたのは、日本から船便で送っておいたインスタント・ラーメンだけであった。(中略)「インスタント・ラーメンがこんなにおいしいものとは知らなかったわ。あんた味付け上手やねえ」 味付けはラーメン会社のしたもので、私の手柄ではなかった。
引用:『女二人のニューギニア』有吉佐和子著
また、周囲の外国人研究者が日本製の発電機(ジェネレーター)を愛用している一方で、当の日本人がそれを持てないほどの困窮の中で調査を続けている事実に、有吉氏は強い憤りを感じ、深い友情と敬意を露わにしています。
3. 文明の光と幸福の在りか
ジャングルでの生活を経て、有吉氏は「文明」がもたらす恩恵と、失われるものについて深い洞察を残しています。急速に近代化が進む拠点と、伝統的な生活を守るシシミン族の対比は、現代の私たちにも重い問いを投げかけます。
茶色い川と緑濃いジャングル、そこを駈けまわっているシシミンたちが、ポートモレスビーなどにいたネイティブたちのように、靴をはいたり、色眼鏡をかけたりしているところを想像してみると、幸福がどちらにあるか、ちょっと分らなくなってくる。
引用:『女二人のニューギニア』有吉佐和子著
三日がかりで歩いたジャングルをヘリコプターがわずか十分余りで飛び越えてしまう。その圧倒的な文明の利器を前にした虚脱感と、日本に戻った途端に襲ってくる頭痛の描写は、過剰な文明社会が人間に与えるストレスを象徴しているかのようです。
結びに代えて
本書は単なる冒険記ではなく、異なる価値観を持つ二人の女性が、ぶつかり合いながらも互いを認め合う魂の記録でもあります。便利な生活に慣れきった今だからこそ、泥水を飲み、星空の下で多色の蛍を眺めた彼女たちの力強い足跡に触れてみてはいかがでしょうか。
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