「勉強なんて、何の役に立つの?」 学生時代、誰もが一度は抱いたこの疑問に対し、明快な答えを持てる大人は意外と少ないものです。
森博嗣氏の著書『勉強の価値』は、私たちが義務教育の中で植え付けられた「勉強=苦痛な競争」というイメージを鮮やかに塗り替えてくれます。本来、勉強とは他者と比較するための道具ではなく、自分自身の価値を高め、自由を手に入れるための聖域であるはずです。
今回は、本書のハイライトから、私たちが「本当の勉強」を始めるためのヒントを探ります。
1 勉強は将来の自由を勝ち取るための投資
多くの大人は、子供に対して「勉強しなさい」と言いつつ、自分は仕事の愚痴をこぼします。しかし、著者は「学校よりも大人の方がずっと自由である」と断言します。
「仕事は大変なんだよ」と家に帰ったら子供に語っている親が多いかもしれないが、はっきりいって、学校の方が大変である。少なくとも、僕は大人になってから、「子供のときに比べたら、大人は自由だなあ」と思うことが多かった。
引用:『勉強の価値』森博嗣著
大人には、嫌な人と付き合わない自由、好きな場所へ行く自由があります。その自由をより強固なものにするのが「勉強」です。目先の利益ではなく、将来の大きな利益(=自由)のために、今の労力を投資すること。それが勉強の本質的な定義といえます。
2 自分の勉強を発見することこそが教育のゴール
学校教育のシステムは、どうしても平均的な内容に偏りがちです。しかし、本来の学びは極めて個人的なものです。
各自に「自分の勉強」を発見させる行為こそが、すなわち「教育」というものである。
引用:『勉強の価値』森博嗣著
義務教育において、一番大切な目標は、この「自分の勉強の発見」だ、と僕は考えている。これを 摑 んだ子供には、もう学校の先生が必要ない。自分一人で、勉強をすることができるようになるだろう。
引用:『勉強の価値』森博嗣著
誰かに教えてもらう段階は、一千歩の道の最初の一歩に過ぎません。自分は何に興味があり、何を知りたいのか。その「問い」を自分で立てられるようになった瞬間、本当の勉強が始まります。
3 「わからない」という状態を長く体験する勇気
効率が重視される現代では、すぐに答えを求めてしまいがちです。しかし、思考の瞬発力や深い洞察を得るためには、あえて「迷う時間」が必要です。
この「わからない」「迷っている」という状態をいかに長く体験させるかが、「勉強」なのである。僕の経験では、とにかく考え続けているうちに、ふと思いつくものがあったからだ。
引用:『勉強の価値』森博嗣著
算数の問題が解けずに悩んでいる子供に、大人はすぐに手を貸してしまいます。しかし、考え抜いた末に訪れる「閃き」こそが、脳を最も活性化させ、学びの喜びを教えてくれるのです。
4 親が見せるべきは「勉強を楽しんでいる姿」
子供に何かを学ばせたいとき、言葉で説得することに意味はありません。最も強力な教育は、身近な大人の背中にあります。
親がなにかの夢を叶えるために一所懸命勉強している姿を見せることが、子供に対しての一番の教育になる。これだけは、ほとんどの人に当てはまる法則といって良いだろう。
引用:『勉強の価値』森博嗣著
大人が知的好奇心を持ち、自ら進んで新しい知識を吸収し、楽しそうに試行錯誤している姿。それを見せつけること以上に、説得力のある教育は存在しません。
結びに
勉強とは、単なる知識の蓄積ではありません。「自分なりの考えを持つ能力」を養い、個人の価値を高める行為です。
誰かに強いられる「苦しい勉強」を卒業し、自分の人生を豊かにするための「本当の勉強」を始めてみませんか。世界の広さを知り、自分の小ささを自覚するたびに、人はより謙虚に、そしてより自由に生きていけるようになるはずです。
次回の記事では、具体的な「独学の継続術」についても深掘りしていきましょう。
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