「芸術界の東大」と称されながら、その実態はあまりにも謎に包まれている場所、東京藝術大学。二宮敦人氏の著書『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』は、私たちが決して窺い知ることのできない、美校と音校が織りなす摩訶不思議な日常を鮮やかに描き出しています。
本記事では、本書から特に印象的なエピソードを抽出し、その圧倒的なまでの「個」の熱量と、一般常識を軽々と飛び越えていく天才たちの姿をご紹介します。
1. 圧倒的な「練習」が作る異次元の身体
プロとして生きる音楽家たちの日常は、私たちが想像する以上に過酷でストイックな規律の上に成り立っています。
「ピアニストにとって指は商売道具だもの。傷つけて演奏ができなくなったら大変、練習できないだけでも困る。一日練習しないと、三日分ヘタになるって言うくらいだからね。重いものも持たないし、スポーツもしない。それは、プロならばより意識してるはずよ。私も高校の頃は、体育は見学してた」
引用:『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』二宮敦人著
音楽を極めるということは、単に技術を磨くだけではなく、生活のすべてを「演奏」という目的のために最適化することを意味します。ヴァイオリン奏者に至っては、長年の演奏によって骨格そのものが楽器に合わせて歪んでいくといいます。それはもはや、肉体と楽器が分かちがたく結びついた「芸術の化身」への変容と言えるでしょう。
2. 顕微鏡の倍率に挑む、美校受験の壮絶さ
藝大の入試、特に絵画科などの人気専攻は、日本の大学受験界でも類を見ないほどの高倍率と浪人期間の長さを誇ります。
美校の現役合格率は約二割。平均浪人年数が二・五年。
引用:『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』二宮敦人著
二浪、三浪は当たり前。時には私立美大に通いながら藝大を目指す「仮面浪人」も珍しくありません。東大を「学問界の藝大」と呼びたくなるほどの狭き門を突破した者だけが、あの上野のフェンスの向こう側にある「秘境」へと足を踏み入れることができるのです。そこには、技術や努力を超えた「自分だけの何か」を追求し続ける、孤独で贅沢な戦いが待っています。
3. 「進路不明」こそが芸術家の誇り
一般的な大学であれば、卒業後の進路は最重要事項の一つですが、藝大においてはその価値観が根本から覆されます。
「進学」と「不明」が、八割を占める。それが藝大生の進路なのだ。
引用:『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』二宮敦人著
就職をすることが必ずしも成功とは見なされず、むしろ「芸術を諦めた」と捉えられることすらあるという文化。この極端とも言える「芸術至上主義」の背景には、数年に一人現れるかどうかの「天才」を育むための、教育機関としての凄まじい覚悟が滲んでいます。社会の役に立つかどうかを考える前に、まずは個人的な欲求を突き詰める。その純粋なエネルギーこそが、結果として社会に新たな価値をもたらすのかもしれません。
まとめ
『最後の秘境 東京藝大』は、単なる学校紹介の枠を超え、私たちが忘れかけていた「好きなことに没頭する情熱」を思い出させてくれる一冊です。全音符の書き順にこだわり、骨格を歪ませてまで音を追求し、卒業後の保証がなくても己の表現を信じて突き進む。
そんな「カオス」の中に身を置く彼らの姿は、効率や生産性ばかりを追い求める現代社会において、一際眩しく、そして尊く映ります。芸術という、生きていく上で「なくてもよいもの」に命を懸ける人々の美しさを、ぜひ本書を通じて体感してみてください。
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