「悲観的」という言葉には、どこか暗く、後ろ向きなイメージがつきまといます。しかし、作家の森博嗣氏は、私たちがより良く生き、確実に成果を出すためには、この「悲観する力」こそが不可欠であると説いています。
単なるネガティブ思考ではなく、論理的にリスクを洗い出し、余裕を持って物事に臨むための技術。本書が提示する「賢者の戦略」を整理してご紹介します。
1. 悲観とは「安全係数」という名の知性
多くの人は「自信を持て」「ポジティブに考えろ」という精神論を好みます。しかし、現実に物事を動かすのは根拠のない自信ではありません。森氏は、悲観を「余裕を持たせること」と定義します。
悲観による安全係数」という処理だ。簡単にいうと、「余裕を持たせること」である。けっして「己を信じて」といった精神論ではない。
引用:『悲観する力』森博嗣著
例えば、どれほど優れた製品であっても、その強度は最も弱いパーツで決まります(ウィーケスト・リンクの法則)。全体の品質を担保するためには、最悪の事態を想定し、あらかじめ「疑う」というステップが必要なのです。
2. 「上手くいかない原因」を徹底的に言語化する
本当の悲観主義者は、単に「ダメだ」と嘆くのではなく、「なぜダメになるのか」を具体的に考え抜きます。このプロセスを経て初めて、悲観は「力」へと変わります。
上手くいかない原因として、どのような場合が考えられるか、という方向へ思考を向ける必要がある。そこまで考えて初めて、悲観の効果が表れる。
引用:『悲観する力』森博嗣著
むしろ、悪いものをよく分析し、悪くなる傾向に敏感に対応すること、この本当の「悲観」によって、失敗は避けられる。
引用:『悲観する力』森博嗣著
悪いものに蓋をして「なんとかなる」と考えるのは、思考停止という名の「悪い楽観」です。対して、起こりうるアクシデントを20項目リストアップし、そのすべてに対策を用意する姿勢こそが、プロフェッショナルの仕事といえます。
3. 感情を排除し、思考を「未来」へ向ける
森氏は、過去の失敗を悔やむことに意味はないと断言します。過去については「あれで良かった」と大いに楽観し、これから来る未来に対してのみ、冷徹に悲観を適用するのが有意義な姿勢です。
過去を振り返って悩み、「あんな酷いことはもうご免だ。これからはきっと良いことがある」と意味もなく楽観している人が、意外に多いように見受けられる。この反対で、過去を楽観し、未来を悲観するのが、有意義な姿勢だといえる。
引用:『悲観する力』森博嗣著
また、仕事や勉強に「やる気」を求めることも否定しています。嫌いなものは嫌いでいい、その本心に目を瞑らず、「やらないと困ったことになる」という悲観から淡々と手を動かす。この冷静な自覚が、感情に振り回されない自由な生き方へと繋がります。
4. 真の「自信」と「プライド」の正体
「自信」とは、絶対に成功すると信じることではありません。それはむしろ慢心に近いものです。本書が教える自信の定義は、もっと泥臭く、そして強固なものです。
絶対に失敗しないと言いきれることが、自信ではない。 やれることは全部やったと言いきれることが、自信である。
引用:『悲観する力』森博嗣著
徹底的に悲観し、考えうるすべての対策を講じた後、ようやく「あとは運を天に任せるしかない」という境地に達する。その「やり尽くした」という事実こそが、本当の意味での自信を形作るのです。
「悲観」は自由へのパスポート
「世の中、何があるかわからない」という前提に立ち、準備を怠らないこと。この悲観的なスタンスは、一見重苦しく見えて、実は私たちを不安や失敗の恐怖から解放してくれます。
「楽観」は成功する方法を採用し、「悲観」は失敗しない方法を選択する。不確実な時代を生き抜くために、私たちはもっと正しく「悲観」するべきなのかもしれません。
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