私たちは無意識のうちに、自分と似たような考え方や背景を持つ人々で周囲を固めてしまいがちです。しかし、その「心地よい同質性」こそが、重大な意思決定のミスや組織の停滞を招く原因になるとしたらどうでしょうか。
マシュー・サイド氏の著書『多様性の科学』は、CIAの失敗や航空機事故、エベレストの遭難といった歴史的事例を引き合いに出しながら、単なる「個人の能力の高さ」だけでは解決できない問題の正体を解き明かしています。本記事では、多様性がなぜ不可欠なのか、そして私たちが陥りやすい「盲点」の正体について探っていきます。
認知の盲点|一人の知性には限界がある
どれほど優秀な人間が集まっても、その視点が似通っていれば、集団としてのパフォーマンスは驚くほど低下します。9.11テロを防げなかった当時のCIAも、まさにこの「同質性」の罠に陥っていました。
一人ひとりは頭が良くて知識も豊富だ。しかし互いに知っていることも視点も似通っている。いわばクローンの集団だ。これがCIAにおける問題の根幹だった。
引用:『多様性の科学』マシュー・サイド著
また、文化的な背景も私たちの「ものの見方」を大きく左右します。日本人とアメリカ人の視点を比較した実験では、興味深い違いが明らかになっています。
アメリカ人と日本人は、異なる「枠組み」で物事をとらえる。アメリカ人のものの見方は、もちろん個人差はあるものの、おしなべて個人主義的だ。一方日本人は、より背景や状況を考慮する。どちらの枠組みも有益な情報に関心を向け、どちらの枠組みも水中の重要な要素を拾い出す。その反面、どちらの枠組みにも盲点があり、全体像を描き切れてはいない。
引用:『多様性の科学』マシュー・サイド著
このように、異なる視点を持つ者同士が協力して初めて、私たちは「現実の全体像」を鮮やかに捉えることができるのです。
ヒエラルキーの功罪|「意見を言うより死を選ぶ」心理
組織において多様な視点が存在していても、それが表に出なければ意味がありません。ここで壁となるのが、行き過ぎたヒエラルキー(階層構造)です。航空機事故や登山の遭難事故の多くは、部下がリーダーに異を唱えられなかったことに起因しています。
副操縦士らは機長に意見するより、死ぬことを選んだ。人間の心はヒエラルキーに多大な影響を受ける。たとえ生死に関わる状況でも、無意識のうちに自分を押し殺してしまう。
引用:『多様性の科学』マシュー・サイド著
支配的なリーダーが場を支配すると、「情報カスケード」と呼ばれる現象が発生し、メンバーはリーダーの意見に迎合する情報しか出さなくなります。これでは多様な知を活かすことはできません。
支配型も尊敬型もそれぞれに適した時と場所があります。何か計画を実行するときに重要になるのは支配型。しかし新たな戦略を考えたり、将来を予測したり、あるいはイノベーションを起こそうというときは、多様な視点が欠かせません。
引用:『多様性の科学』マシュー・サイド著
イノベーションの源泉|「アイデアのセックス」と外部の視点
イノベーションには、地道な改善を積み重ねる「漸進的イノベーション」だけでなく、異なる分野を掛け合わせる「融合のイノベーション」があります。
融合のイノベーションは、リドレーの言葉で言えば「アイデアのセックス」だ。その実例は歴史上たくさんある。たとえば活版印刷機は、ワイン造りに使っていたブドウ圧縮技術と、活字(凸型の字型)を合金で鋳造する技術などを融合して生まれた。
引用:『多様性の科学』マシュー・サイド著
皮肉なことに、ある分野で深い知識を持つ「専門家」ほど、既存の枠組みに縛られ、破壊的な変化に気づけなくなることがあります。だからこそ、ノーベル賞受賞者の多くが芸術などの多才な趣味を持っていたり、組織において初期設定(デフォルト)を疑う姿勢を持つ人材が重要になったりするのです。
「標準」という幻想を捨てる
私たちは、つい「平均的な人間」を想定してルールや製品を作ってしまいますが、現実に「平均的な人間」など存在しません。パンを食べたときの血糖値の反応が人によって劇的に異なるように、最適な環境も人それぞれです。
組織においても、性別や経歴といった「属性」の多様性だけでなく、考え方や認知のスタイルの多様性を受け入れることが、真の強さを生みます。
演奏者をカーテンで仕切ってオーディションをしてみてはどうか?そうすれば審査員には音だけが聞こえて、演奏者の性別はわからない。実際にやってみると、女性演奏者の1次審査通過率は1・5倍に上がり、最終審査通過率は4倍にも達した。
引用:『多様性の科学』マシュー・サイド著
偏見を排除し、多様な視点を集める仕組みを作ること。それが、複雑で予測不可能な現代(VUCA)を生き抜くための唯一の道なのかもしれません。
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