私たちは日々の生活の中で、人間関係や仕事、将来への漠然とした不安など、さまざまな「気になること」に囲まれて生きています。時には、それが心の重荷となり、怒りや煩悩となって私たちを苦しめることも少なくありません。
「もっと楽に生きたい」「心を穏やかに保ちたい」そう願うあなたへ。今回は、名取芳彦さんの著書『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』から、心が軽くなるための智慧を紐解いていきます。この本は、私たちが誤って心に焼きつけてしまった「気になること」を別の角度から見つめ直し、これからの人生で何に焦点を当てるべきかを示してくれる一冊です。
心の焦点を変えるということ
私たちは無意識のうちに、ネガティブな側面にばかり目を向けてしまいがちです。しかし、視点を変えるだけで、世界は全く違って見えることがあります。
本書は、 誤って心に焼きつけてしまった被写体を別の角度から撮った被写体に交換し、これから出会うさまざまな状況で、どんなことに焦点を当てたらいいのかを示したつもりです。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
著者は、仏教の教えは道徳とは異なると説きます。「いい人になりましょう」と説くのではなく、もっと根本的な心のあり方を教えてくれるのです。
仏教では、「いい人になりましょう」とは説きません。ここが道徳と違うところです。では、仏教ではどんな 旗標 を掲げるのでしょう。 私は「いつでも、どんなことがあっても、心がおだやかでいられる境地を目指したい人! この指とーまれ!」 と言っていると思うのです。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
大切なのは、いつでも、どんな時でも、心穏やかでいられる境地を目指すこと。これが『気にしない練習』の出発点となるでしょう。
「いい加減さ」があなたを強くする
完璧主義は、時に私たちを追い詰めることがあります。すべてをきっちりとしすぎると、一度バランスを崩した時に一気に崩壊してしまう危険性もはらんでいます。
きっちりしすぎてスキがないために、いったん崩れると一気に崩壊しそうな人や物はたくさんあります。ある程度の〝いい加減さ〟は強いし、強いからこそ〝いい加減〟にもなれるのです。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
完璧を目指すのではなく、ある程度の「いい加減さ」を受け入れること。それは決して怠惰なことではなく、しなやかで強い心を持つための秘訣なのです。肩の力を抜いて、柔軟に対応できる心の余裕こそが、私たちを強くしてくれます。
人間関係を穏やかに保つ智慧
人間関係は、喜びをもたらす一方で、私たちに多くの悩みを与える源でもあります。しかし、ちょっとした心の持ちようで、驚くほど穏やかな関係を築くことができると著者は教えてくれます。
「ま、そういう考え方もあるよね」 とまず相手への理解を示すのです。 自分の価値観を押し通すより、そのほうが、私の心がおだやかになるからです。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
相手の意見を頭ごなしに否定するのではなく、「そういう考え方もあるよね」と一度受け止めてみる。そうすることで、自分の心にも穏やかさが生まれます。
また、人に好かれたいと願うなら、まず自分から行動を起こすことが大切です。
人に好かれる一番の近道は、まず自分がみんなを好きになってしまうこと です。 同様に、自分のことをわかってもらうための最善の方法は、自分が誰かのよき理解者になろうとすることです。まずは、小説をたくさん読んでみませんか。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
誰かの理解者になろうと努めることで、結果的に自分も理解されるようになる。そして、苦手な相手に対しては、無理に近づく必要はありません。
現実的な私の対処法は、苦手な属性を持っている人と距離を置くことです。 密教には、多くの仏さまの慈悲と私たちの慈悲の心がどのようにつながっているかを、回路図のように示した胎蔵界曼荼羅 が伝わっています。この中で、鬼神や餓鬼たちは最も外側に配置されています。 ここから、「悪しき属性は、自分の心から離れたところに置けばいい」 と思うようになったのです。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
無理にすべての人と仲良くしようとするのではなく、心地よい距離感を保つことも、心の平穏には欠かせません。
さらに、私たちが大切にしがちな「絆」についても、著者は興味深い視点を提供しています。
ところが、漢和辞典の『漢字源』を見ると、絆には一つもいい意味がありません。 (名)馬の足にからめてしばるひも。また、人を束縛する義理、人情などのたとえ。(動)つなぐ。しばって自由に行動できなくする。 つまり、絆は注意しないとあなたをしばるのです。寂しさを埋めるために、必要以上に絆を求めて人とつながりすぎると、心の自由がなくなっていきます。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
「絆」は、私たちを温かく包む一方で、時には束縛となり、心の自由を奪うこともあります。寂しさから必要以上に繋がりを求めすぎると、かえって苦しくなることもあるのです。
そして、人間関係における「嘘」と「本心」のバランスについても、示唆に富んだ言葉があります。
格言に「嘘はないほうがいい。だからと言って本当のことを言わなくてもいい」 があります。自分に嘘をついて笑顔にならなくてもいいのです。だからと言って本心の嫌な顔を見せなくてもいいのです。 社会の中で、人間関係を損なうことを気にするよりも、私なら、〝好き嫌いがある自分の心〟のほうを気にします。 みんなを好きになれたほうが、ずっと素敵な人生になる からです。仏教の仏さまは好き嫌いをしません。無縁(特定の縁を持たない絶対平等)の境地で、私たちに接してくださいます。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
無理に自分を偽って笑顔を作る必要はないけれど、本心のままに不機嫌な顔を見せる必要もない。自分の「好き嫌い」という感情を大切にし、みんなを好きになれる心を持つことが、結果的に素敵な人生につながるという教えです。
人生を豊かにする「気にしない」視点
仕事や日々のタスクに追われ、「趣味がない」と感じている人もいるかもしれません。しかし、著者は「生きること自体が趣味」という、なんとも素敵な考え方を提示しています。
じつは私にはこれといった趣味がありません。「住職さんの趣味は何ですか」と聞かれると「お地蔵さまの絵を描くこと、法話に使えそうな本を読むこと、それに本を書くことですかね」と答えるのですが「いや、それは趣味じゃないでしょ」と呆れられてしまいます。 さてこれが趣味でないなら、私には趣味と呼べる物が一つもないことになります。すると、つまらない人生のようですが、これはこれでとても楽しいのです。そこで「私は生きること自体が趣味のようなものなのだ」 と気づきました。皆さんが言う「仕事が生きがい」と似ていますが、拝むことも、法話をするのも、こうして本を書くのも仕事とは思っていないのですから、私は幸せ者だと思います。 お金のための仕事に振り回されていると、息をひき取る時に「ああ、つまらない人生だった」なんてつぶやくことになりかねません。 今から「いい物」「好きな物」を探すアンテナを張って、引っかかった物から着手してみましょう。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
「仕事だから」と義務感で取り組むのではなく、「好きなこと」「いい物」にアンテナを張り、生きることそのものを楽しむ。それが、充実した人生を送る秘訣なのかもしれません。
そして、どんな状況に直面しても、心を強く保つための言葉を。
私はいいことがあっても、悪いことがあっても「この状態はいつまでも続かない」と自分に言い聞かせます。 特に悪い状態が身に降りかかった時は、状況に応じて「一週間後には笑っていられるようにしよう」「半年後にはこの状況を人に笑って語れるようになろう」「三年後にはそんなこともあったなあと懐かしめるようになろう」 と思うのです。
引用:『気にしない練習———不安・怒り・煩悩を“放念”するヒント』名取 芳彦著
良いことも悪いことも、永遠には続きません。特に困難な状況に陥った時こそ、「いつか笑って話せる日が来る」と信じ、未来に希望を持つことが、私たちを前に進める力になります。
まとめ
名取芳彦さんの『気にしない練習』は、現代社会を生きる私たちに、心の平穏を取り戻すための具体的なヒントを与えてくれます。
- 心の焦点を変え、穏やかな境地を目指す
- 適度な「いい加減さ」を受け入れ、しなやかな強さを持つ
- 人間関係では相手を理解し、無理なく距離を保つ智慧を持つ
- 「生きること」そのものを趣味として楽しみ、好きなものに目を向ける
- どんな状況も「いつかは終わる」と受け止め、未来に希望を持つ
これらの智慧を日々の生活に取り入れることで、きっとあなたの心は今よりもずっと軽くなり、穏やかで豊かな人生を歩むことができるでしょう。今日から少しずつ、「気にしない練習」を始めてみませんか。
コメント