JR東日本の現役車掌が綴る書籍『乗務員室からみたJR 英語車掌の本当にあった鉄道打ち明け話』には、乗務員として働く著者の経験だけでなく、JR東日本という組織全体で共有されている「安全」に対する哲学や、日々の業務に臨むプロフェッショナルな姿勢が垣間見えます。
新入社員がまず入る「総合研修センター」での徹底した訓練から、現場で働く鉄道員たちが抱く強い責任感まで、読者を「鉄道マン養成スクール」の内部へといざなう内容から、彼らがどのようにして「プロ」になっていくのか、その一部をご紹介します。
徹底した訓練が安全の土台を築く
JR東日本の新入社員は、入社後必ず「総合研修センター」で集中的な研修を受けます。
入社式が終わると、およそ1400名がそれぞれの分野(約 30 クラス)に分かれて、鉄道の知識を短期間で詰め込むカリキュラムに入った。ここは「総合研修センター」と呼ばれている場所で、一言で表すと、JR東日本が運営する「鉄道マン養成スクール」だ。 新入社員は、必ずこの施設に入り、全員が約1ヶ月みっちりと知識を詰め込む。そして、晴れて現場第一線で活躍する鉄道マンになるのだ。
引用:『乗務員室からみたJR 英語車掌の本当にあった鉄道打ち明け話』 関 大地著
この研修では、技術や知識だけでなく、現場で役立つ実践的な能力も養われます。例えば、人命に関わるトラブル発生時などは、物理的にマイクが使えない状況でも、大声で的確に状況を伝え、応援を呼ぶ必要があります。
僕はこの異様とも取れる「声出し訓練」をしていて、本当に良かったと感じることが何度もある。それは自分の担当している列車で具合の悪い人がいた時のことである。…(中略)…その時に大声を出すことをためらえば、ものの数秒で事態が急変してしまうこともある。 最近では、携帯電話や無線などで駅員や救急隊を呼ぶこともできるが、具体的な場所を伝えるためには、最終的には現場にいる鉄道員が大きく手を振って「こっちです!!」と伝えなくてはならないのだ。 そう、少し大袈裟かと思うくらいのオーバーアクションでないと応援にきた人に伝えることができない。この度胸をつけることが入社時の訓練では本当に大切なことだと実感した。
引用:『乗務員室からみたJR 英語車掌の本当にあった鉄道打ち明け話』 関 大地著
「本番でどうにかなる」という甘い考えを打ち砕き、訓練で培った度胸と行動力が、いざという時の人命救助やトラブル解決に直結するのです。
全ての社員が持つ「命を預かる」という責任感
鉄道の安全運行は、運転士や車掌だけでなく、目に見えないところで働く多くの社員によって支えられています。特に、乗務員は多くの乗客の命を一度に預かっているという強い自覚を持っています。
皆さんご存知の通り、列車の乗務員はたくさんの乗客の命を守って運転している。通勤時間帯などでは、一度に5000人もの乗客が乗車することもある。…(中略)…それは同時に、運転士や車掌などの乗務員は、その5000人もの命を一度に預かっているということでもある。本当に乗務員は、毎回、気持ちを引き締めて乗務している。
引用:『乗務員室からみたJR 英語車掌の本当にあった鉄道打ち明け話』 関 大地著
そして、乗客と直接接する機会が少ない社員もまた、乗務員以上の強い責任感を胸に秘めていることが、著者の先輩とのやり取りからわかります。
「あぁ、それは俺たちの仕事が乗務員より多くの人の命を守っているからだな。この意味がわかるか?」 「えっ? どういう意味ですか?」 「はは(笑)、わからないか? 例えば、乗客が5000人乗っている列車がある。乗務員は、その5000人の命を預かっている。俺たちは、その5000人に加えて運転士と車掌の2名を加えた5002人の命を守っているんだ。こう言えばわかるだろ?」
引用:『乗務員室からみたJR 英語車掌の本当にあった鉄道打ち明け話』 関 大地著
これは、線路や設備を守る保線社員など、安全の根幹を担う社員のプライドと責任感を示しています。彼らは、運行のプロである乗務員も含めた、鉄道に関わる全ての人間の安全を守っているという自負があるのです。
マニュアルを超えた臨機応変な対応
鉄道の仕事はマニュアルに基づいた行動が基本ですが、予期せぬトラブルにはマニュアル通りにいかないこともあります。
そもそもマニュアルに全ての手順が載っているわけではない。乗務員はマニュアルに書いてあることをベースに、状況に応じて臨機応変に対応方法を変えなくてはならないのだ。 対応方法は、日頃から様々な状況をシミュレーションして、尚且つ、多くの失敗を経験してやっとモノにできるものだ。
引用:『乗務員室からみたJR 英語車掌の本当にあった鉄道打ち明け話』 関 大地著
この臨機応変な判断の重要性を示す例として、著者は列車発車前の安全確認における「三現主義」に言及しています。
最終的な安全確認をしている時、その異変に気がついたのである。前方のプラットフォーム上の旅客が頭上で大きく、両手を左右に振っているではないか。 これは「手信号」でいう「停止」だ。このような状況の場合、僕たちは必ず現場まで行き状況を確認する。これは、「三現主義」と言って、「現地・現物・現人」という観点から正しく現状を認識して対応する教育がされているからだ。
引用:『乗務員室からみたJR 英語車掌の本当にあった鉄道打ち明け話』 関 大地著
ほんの小さな不安も見逃さず、「現地」で「現物」を確認し、「現人」に話を聞くという徹底した姿勢こそが、大きな事故を防ぐための最後の砦となるのです。彼らのプロとしての覚悟は、日々の訓練と、何千人もの命を預かっているという強い自覚によって育まれています。
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