仏教は「お葬式のときに関わるもの」というイメージを持つ人も少なくありません。しかし、本来の仏教は「人はなぜ苦しむのか」「どうすれば心穏やかに生きられるのか」を探究する教えです。
本書『池上彰と考える、仏教って何ですか?』では、池上彰氏がブッダの生涯から日本仏教の歴史、さらにダライ・ラマへのインタビューまでを通して、仏教を現代人にも理解しやすく解説しています。
この記事では、本書で印象に残った内容を紹介しながら、現代を生きる私たちに役立つ仏教の智慧についてまとめます。
仏教は世界三大宗教の中で最も古い
世界三大宗教である仏教・キリスト教・イスラム教は、それぞれ誕生した時代が異なります。
ブッダが生まれたのは紀元前五世紀。キリスト教の創始者、イエスはそれから約五百年を経た紀元前四年に生まれ、西暦三〇年頃、十字架に磔にされました。イスラム教の創始者である預言者ムハンマドが生まれるのは、さらに五百年を経た西暦五七〇年です。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
約2500年前に誕生した仏教は、今なお世界中で多くの人々に受け継がれています。
ブッダが王子の身分を捨てた理由
ブッダは何不自由ない王子として育ちました。しかし、人間は老い、病気になり、やがて死ぬという現実を知ります。
ブッダはこのとき二十九歳。妻も、生まれたばかりの息子ラーフラも、そして、将来の国王としての地位もすべて捨てて、生老病死を超える真理を求めるために修行の道に入りました。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
富や権力では解決できない「人生の苦しみ」を探究するため、人生そのものをかけた旅が始まりました。
苦しみを生む「分別」という考え方
他人と比較する心が苦しみを生む
現代でもSNSなどを見ていると、他人と自分を比べてしまうことがあります。
仏教では、その比較する心そのものが苦しみの原因だと考えます。
私たちは常に、自分と他人の間に境界線を引き、自分と他人を区別します。 他人と比べて優劣の判断をしたり、この人は好き、この人は嫌いといった具合に、分ける必要がないものを分けたりすること、これを分別といいます。分別があるといえば好ましい意味ですが、仏教では分別が苦しみの原因だと説きます。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
比較や優劣への執着を減らすことが、心を軽くする第一歩なのです。
「私」という実体に執着しない
仏教には「諸法無我」という重要な教えがあります。
すべての物は不確かで変化するものだから、私という実体も存在しない。そう理解することで、他人と比べたり執着したりするなどの様々な苦を遠ざけることができる。それが諸法無我の考え方です。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
人も環境も常に変化しています。その変化を受け入れることが、苦しみを減らすことにつながります。
煩悩を消すことが悟りへの道
仏教では怒りや欲望などの煩悩を「炎」に例えています。
苦しみを完全に抜け出した状態を「涅槃寂静」と呼びます。悟りの境地と同じ意味です。涅槃は「ニルヴァーナ」という古代インドの言葉、サンスクリット語からきていて、ろうそくなどを吹き消した状態という意味です。 つまり、煩悩の炎を吹き消せば、私たちは心の安らぎを得ることができ、涅槃、すなわち悟りに至ることができるのです。ブッダは実際に、涅槃の境地に到達しました。いかに煩悩の炎を吹き消すか。簡単なことではありません。ブッダ自身、涅槃の境地に至り、悟りを開いた後も、気をつけていました。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
悟りとは特別な能力を得ることではなく、心を乱す原因を少しずつ減らしていくことなのかもしれません。
日本では仏教と神道は共存してきた
日本では仏教が広まっても神道は消えませんでした。
こうして仏教は日本に根付いていきましたが、古来からの日本の神々への信仰(神道)も排除されたわけではありません。神々は仏法を守るという役割を与えられ、仏教と神道は共存の道を歩みました。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
異なる宗教を排除せず共存してきたことは、日本文化の特徴の一つといえるでしょう。
親鸞が日本仏教を大きく変えた
浄土真宗の開祖・親鸞は、僧侶でありながら妻帯し家庭を持ちました。
それまでの仏教の枠からは外れていたかもしれませんが、こうした親鸞の庶民の側に立った生き方が、弟子や庶民の共感を呼び、浄土真宗は後に日本最大の宗派へと成長したともいえます。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
庶民に寄り添う姿勢が、多くの人々の支持につながりました。
仏教が説く「苦しみはなくせる」という希望
ブッダは苦しみの存在だけでなく、苦しみを減らす方法も示しました。
苦しみは確かに存在しますが、苦しみをなくす方法もあります。その方法論をきちんと実践すれば、苦しみをすべて滅することができる。そうブッダは明らかにしています。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
悲観論ではなく、苦しみから抜け出す方法論まで示している点が仏教の特徴です。
利他の心が自分も幸せにする
ブッダの教えでは、自分だけが幸せになろうとしても本当の幸福は得られないと説きます。
大切なのは菩薩の修行を心がけることです。慈悲の精神を育み、利他の精神、つまり自分さえよければいいという利己心を捨て、自分以外の命あるものすべての幸せに思いを馳せることによって自分自身も幸せを得られるのだということを理解していく。これが菩薩の修行です。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
他人への思いやりが、結果として自分自身の幸福にもつながるという考え方です。
過去を悔やむより、これからを正しく生きる
誰にでも失敗はあります。
重要なのは、その後の行動です。
自分が今までしてしまった間違った行ないをできるだけ清めていきます。告白し、懺悔し、正しい行ないをすることで、過去の間違った行ないを浄化することができるのです。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
過去は変えられませんが、未来の行動は変えられます。
他人を助ける人生が死への恐怖を和らげる
ダライ・ラマの言葉も、本書の大きな魅力です。
仏教的観点からいうと、心には始まりも終わりもありません。死とは、ただ衣服を着がえるようなものなのです。私たちの肉体は古くなっていくので、古い身体を捨てて新しい身体をもらうわけです。 死の恐怖を軽減するために何よりも大切なことは、私たちが生きているこの人生を意義深いものにするということです。意義ある人生とは、他の人たちを助けるということであり、たとえそれができなくても、少なくとも他の人たちに害を与えるようなことはしない、という実践をすることです。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
どれだけ長く生きたかより、どんな生き方をしたかが重要なのだと感じさせられます。
愛や慈悲は怒りに勝てる
怒りを抑え込むのではなく、愛や慈悲を育てる。
ダライ・ラマは、そのような心のトレーニングを勧めています。
ダライ・ラマ法王は煩悩というネガティブな感情を抑えつけるのではなく、誰にでも本来備わっている愛や慈悲といったポジティブな感情を高めていくことで、克服できると教えてくださいました。腹が立ったら、相手の立場になって考え直してみる。悲しいときは、もっと大きな悲しみを抱えている人が大勢いることを思い出してみる。
引用:『池上彰と考える、仏教って何ですか?』池上彰著
ネガティブな感情と戦うのではなく、ポジティブな感情を育てるという考え方は、現代のメンタルケアにも通じています。
まとめ
『池上彰と考える、仏教って何ですか?』は、宗教の知識がなくても読みやすく、仏教の本質を理解できる入門書です。
印象的だったのは、仏教が単なる信仰ではなく、「苦しみを減らすための実践哲学」であるという点でした。
他人と比較しないこと、執着を手放すこと、利他の心を育てること、そして誰かを少しでも幸せにすること。それらは2500年前の教えでありながら、現代社会を生きる私たちにもそのまま通用する普遍的な智慧だと感じました。
難しい仏教を身近に学びたい方には、ぜひ一度読んでほしい一冊です。
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