私たちは日ごろ何気なく口にしている学校給食ですが、その裏側には子どもたちの「食の安全」と「栄養」を守るための、知られざる徹底した努力と工夫が隠されています。今回は、給食のスペシャリストである松丸奨氏の著書『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』から、驚きの給食事情に迫ります。
徹底した衛生管理と食中毒対策
給食施設における衛生管理は、私たちが想像する以上に厳格です。食中毒を防ぐために、さまざまなルールが設けられています。
厳しい入室制限と検便義務
給食室への入室は、児童だけでなく教職員、さらには校長でさえも、検便をしていない場合は許可されません。
今では衛生管理の観点から、検便をしていない人は児童はもちろん教職員も、校長ですら給食室に入ることはできません。学校給食従事者には、毎日の健康調査とともに、月2回以上の検便が義務付けられています。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
この徹底ぶりは、万が一の食中毒発生時に原因を迅速に特定し、拡大を防ぐための重要な措置です。
肉・魚のカットは原則工場で
給食室では、食中毒リスクを低減するために、肉や魚を調理場で直接カットすることはほとんどありません。
あまり知られていないことですが、給食室では肉と魚を包丁で切ることはめったにありません。指定したサイズにカットされた肉・魚が納品されます。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
事前にカットされた状態で納品されることで、交差汚染のリスクを最小限に抑えているのです。また、納品された食材はすべて50グラムずつ採取され、マイナス20℃以下で2週間以上保存される「保存食」として保管されます。これは「学校給食衛生管理基準」で定められた義務であり、万が一の際に原因究明に役立てられます。
野菜の洗浄にも細心の注意
野菜の洗浄にも、手間と時間がかけられています。
原則として前日調理は行なわないこと。皮をむいた野菜は、水が循環している3槽シンクで表面をこすり洗いすること。虫が付着している可能性のある野菜を使用する場合は、切り目を入れる、バラバラにするなど工夫をして、十分に洗浄すること。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
特に小松菜やほうれん草のような葉物野菜は、1枚1枚丁寧に洗い、異物混入がないか目視で確認するという、根気のいる作業が行われています。これは、過去の集団食中毒事件の教訓から徹底されるようになった背景があります。
給食で「食の安全」をここまで厳格に考えるようになった背景には、過去の集団食中毒事件への反省があります。なかでも契機となったのは平成8(1996)年、大阪府堺市の小学校で大規模な集団食中毒が発生したのです(堺市学童集団下痢症事件)。児童7892人を含む9523人が感染し、3人の児童が死亡、後遺症が残った児童も多数に及びました。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
意外と知らない給食の豆知識
給食には、私たちが普段の生活ではあまり意識しないような、興味深い工夫やルールがたくさんあります。
ゼリーの秘密:ゼラチンではなく寒天を使う理由
給食のゼリーには、ゼラチンではなく寒天が使われることが多いことをご存じでしょうか。
ゼラチンは牛や豚のコラーゲンを抽出したものなので、宗教上の理由で食べられない児童がいる場合を想定して多くの栄養士が使用を避けています。寒天は固めてしまえば溶けないこともメリットです。ゼラチンの溶ける温度は50℃、寒天は90℃です。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
宗教上の配慮だけでなく、夏の暑い時期でも溶けにくいという実用的なメリットもあるのです。寒天を使うと食感が固くなりがちですが、栄養士の腕の見せどころで、量を調整すればプルプル食感のゼリーが作れるそうです。
アイスも登場!しかし手作りが原則
最近では、「ガリガリ君」や「雪見だいふく」といった市販のアイスが給食に登場することもあるようです。
今や給食には「ガリガリ君」や「雪見だいふく」などのアイスまで出ます。給食仕様の製品が販売されているのです。ガリガリ君は棒アイスではなく、カップ入りスタイルです。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
ただし、自治体によっては「給食は原則手作り」という方針があり、既製品のアイスや揚げるだけの冷凍食品の使用が禁止されている場合もあります。コロッケやメンチカツなども、調理員が一つずつ手作りしているというから驚きです。
生野菜サラダは別物?!加熱調理が基本
給食のサラダは、私たちが想像する生野菜サラダとは異なるようです。
野菜を原則加熱するように、と明記されています。ミニトマトやキュウリなど一部の野菜は「加熱しなくてもよい」と自治体が判断すれば、生で使用できます。野菜は加熱調理が基本とは、つまりサラダでも必ず茹でて温度を上げてから、水冷して提供することが基本であることを意味します。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
食中毒防止のため、野菜は原則加熱調理が基本。サラダも一度茹でてから提供されているのです。レタスもキャベツも人参のせん切りも、茹でてあると聞くと驚く方もいるのではないでしょうか。
給食の栄養と残食問題
栄養士は、子どもたちがバランスの取れた栄養を摂取できるよう、日々献立に頭を悩ませています。
栄養価予定と実績のギャップ
献立作成の段階で計算される栄養価と、実際に子どもたちが食べた量に基づく栄養価には、ギャップが生じます。
事前に計算した「栄養価予定データ」では、今日の給食の献立は「熱量680キロカロリー、タンパク質25グラム、脂質23グラム」だったのに、残食量を加味すると「熱量620キロカロリー、タンパク質21グラム、脂質19グラム」に減ってしまったりするのです。これを給食の「実績データ」と呼んでいます。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
残食が多いと、栄養価が満たされていないと判断され、教育委員会からの指導が入ることもあるため、栄養士は毎日残食量と向き合い、より良い献立作りに繋げているのです。
なぜ牛乳は必須なのか?
和食の献立に牛乳が提供されることに疑問を感じる人もいるかもしれません。しかし、牛乳は学校給食において重要な役割を担っています。
私たち栄養士も、和食と牛乳が合わないのはわかっています。しかし「学校給食摂取基準」のカルシウム値、「標準食品構成表」で規定される牛乳の必要量、どちらも飲用牛乳がなくては達成できないのです。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
「学校給食摂取基準」や「標準食品構成表」で定められたカルシウム摂取量を満たすには、現状、牛乳が不可欠なのです。他の食材で代替しようとすると、予算面や他の栄養素とのバランスが崩れてしまうという現実があります。
給食の歴史と多様性
日本の給食は、長い歴史の中で発展し、地域ごとの多様性も持ち合わせています。
日本の給食の始まり
日本の学校給食は、明治時代に貧しい子どもたちを救うために始まったとされています。
日本の給食は山形県西田川郡鶴岡町(現・鶴岡市)の私立忠愛小学校で始まりました。当時は貧しい家も多く、学校に弁当を持参できない子もいました。そこでお坊さんが貧しい子どもたちのために週6日、無料で食事を出すようになったのが、日本での給食の始まりです。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
寺子屋のような形式で、貧しい子どもたちに無償で食事が提供されたのが始まりです。当時の献立は「おにぎり、塩鮭、菜の花の漬け物」といったシンプルなものだったようです。
米飯給食の推進と和食文化
かつてはパンが主流だった給食ですが、現在はごはんが主食となっています。
ごはんを主食とした給食は昭和51(1976)年に始まります。平成21(2009)年に文部科学省が米飯給食の推進についての通知を出した結果、ごはんの比率が増え、「パンは週に1回」になったのです。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
平成25年(2013年)に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたことも後押しとなり、米飯給食が推進されています。
全国各地の給食実施状況
全国の小中学校における給食実施率は非常に高く、小学校では99.8%、中学校では97.0%にも上ります。
公立の小・中学校において給食を実施しているのは全国で2万1117校。小学校での実施率は99.8%。そのうち完全給食が99.3%、補食給食が0.4%、ミルク給食が0.1%です。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
完全給食が主流ですが、地域によっては主食を持参する「補食給食」や牛乳のみの「ミルク給食」も存在します。
ソフト麺が「ソフト」な理由
独特の柔らかさで人気のソフト麺にも、秘密があります。
一度茹でた麺を、個別の袋に入れてパッキングし、それを冷蔵保存したものが学校に運ばれてきます。納品されたソフト麺は、学校で再度蒸し直します。2度も加熱を行ない、さらに2度目はしっかりと温度を上げて蒸しているので、麺は伸びに伸びて柔らかくなっています。この柔らかさこそ、ソフト麺の人気の源です。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
二度の加熱工程と、二度目の加熱でしっかりと温度を上げることで、あの独特の柔らかさが生まれるのです。
給食とアレルギー対応
近年、食物アレルギーを持つ児童生徒が増加傾向にあり、給食現場でも重要な課題となっています。
令和4(2022)年に全国の公立小学校・中学校・高等学校・中等教育学校等の児童生徒約830万人を対象とした日本学校保健会の調査によれば、食物アレルギーを持つ児童生徒は約53万人(6.3%)でした。平成25(2013)年の調査では約41万人(4.5%)だったことから、増加傾向にあることがわかります。
引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
全体の6.3%もの児童生徒が食物アレルギーを持っているというデータは、給食におけるアレルギー対応の重要性を示しています。
世界の給食事情
日本の給食は世界に誇れるシステムですが、海外ではどのような給食事情があるのでしょうか。
台湾:持参する食器と栄養士の悩み
台湾では、生徒が各自で食器を持参するスタイルが一般的です。
台湾では銀色のステンレス製のボウルなどを、家から何個も持参します。すると当然ですが、お皿のサイズが家ごとに違うので、盛り付け量に差が出てしまうのです。成長と健康にふさわしい栄養の摂取量を常に計算している栄養士としては、すべてが無駄になる瞬間を見るようで、頭をかきむしりたくなってしまいます。引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
食器のサイズが異なるため、栄養士が計算した適正な盛り付け量に差が出てしまうことに悩みを抱えているようです。
フィリピン:学校周辺の屋台文化
フィリピンでは、お昼になると学校の周りに屋台が出て、子どもたちが好きなものを買って食べる光景が見られます。
フィリピンではお昼になると、学校の周りに屋台が続々と出てきます。子どもたちに人気なのが揚げ物を売る屋台です。栄養バランスという観点からはずいぶんと外れてしまっていますね。引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
栄養バランスという点では日本の給食とは対照的な状況です。
オーストラリアとフランス:ランチの自由な選択
オーストラリアでは弁当持参が主流、フランスでは給食を食べるかどうかが自由に選択できます。
オーストラリアでは多くの子どもたちが弁当を持参します。学校の売店で好きなものを買って足すこともできます。フランスでは給食を食べるかどうかを自由に選べます。食べない子どもは昼休みに家に帰ってお家の人と食べます。引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
フランスでは、昼食時に一度帰宅して家族と食事をするという文化があるようです。
給食費と地域格差、そして地域との連携
給食費の内訳や地域ごとの差、そして地域に根ざした食材へのこだわりも、給食を語る上で欠かせない要素です。
給食費の内訳と地域格差
給食費は食材費のみで、光熱費や人件費は税金で賄われています。
給食費の内訳は食材費のみです。一般的な飲食店で支払う価格には食材費以外に電気・ガス・水道などの光熱費、人件費が加わっていますが、給食の場合、それらは税金で賄われます。引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
給食費には地域差があり、最も高い長野県と最も低い滋賀県では年間で1万円以上の差があります。
小学校給食費の平均月額は4477円(1食あたり約256円)ですが、実は自治体ごとに差があります。(中略)最も高い長野県は5090円、最も安い滋賀県は3920円です。引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
この差には、年間提供回数の違いや、地場産物へのこだわりなどが影響しているようです。
月額給食費がもっとも高い県ともっとも低い県では、年間の給食費が1万2870円の差があるのも事実です。給食費の地域格差は今後広がっていくのか、狭まっていくのか、注意して見ていきたいところです。引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
地域との連携:個人商店との契約
給食の食材調達では、地域活性化のため個人商店との契約も推奨されています。
大きな加工会社に頼るばかりではなく、たとえば豆腐とこんにゃくについては、個人営業の専門店と契約している学校が多いです。(中略)八百屋さんも個人商店との契約が多いです。地域活性化につなげようということで、地元の個人商店との契約が推奨されています。引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
個人商店にとって、学校との契約は安定した売り上げにつながるため、地域経済にも貢献しています。
たとえばお米で試算してみましょう。600食の学校で1回に320合を炊き上げます。これが週に3回だとすると、年間で約115回。5500キロ前後のお米を使用しています。1キロ単価を500円とすれば、1年間で275万円以上の売り上げになるのです。引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
伝統野菜の活用と食育
地域の伝統野菜を給食に取り入れることで、子どもたちに食文化や歴史を伝える食育も行われています。
「伝統野菜ってのは、地元で昔から食べられてきた庶民の野菜なんだ。(中略)松丸君の話を聞いていたら、東京の子どもたちに地元に根ざした給食を食べてもらいたくなった。だからふつうの人参と同じ値段でいいよ」引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
これは、ある農家さんが伝統野菜を通常のニンジンと同じ値段で提供することを申し出た際の言葉です。伝統野菜の背景にあるストーリーを伝えることで、子どもたちの食への興味関心を高めています。「のらぼう菜」のように、飢饉の際に人々を救った野菜の話は、子どもたちにとってのヒーロー物語として大人気なのだそうです。
手作りドレッシングの工夫
給食のドレッシングは、手作りが基本です。
給食のドレッシングは、給食室のある学校ではおそらくどこでも手作りしていると思います。手作りのほうが圧倒的に安いのと、塩分の調整もしやすいからです。(中略)そこで活躍するのが、玉ねぎとりんごのすりおろしです。引用:『給食の謎 日本人の食生活の礎を探る』松丸奨著
手作りの方が経済的で、塩分調整も容易なためです。カロリーや塩分制限がある中で、玉ねぎとりんごのすりおろしで風味を豊かにする工夫もされています。これにより、市販品並みに塩気を足したり甘くしたりできなくても、美味しく仕上げられるのです。
まとめ
普段当たり前のように提供されている学校給食の裏側には、子どもたちの成長と健康を支えるための、膨大な努力と工夫、そして情熱が詰まっていることがわかります。安全な食材の調達から徹底した衛生管理、栄養バランスを考慮した献立作成、そして残食を減らすための飽くなき探求まで、給食はまさに「日本人の食生活の礎」を築いていると言えるでしょう。
コメント