香りがもたらす驚きの世界|記憶への扉を開き、心身を癒す力 👃✨

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香りが記憶を呼び覚ます「プルースト効果」の不思議

 

フランスの文豪マルセル・プルーストの長編小説『失われた時を求めて』に描かれた有名な場面にちなみ、「ある特定の匂いにより、それに関係する記憶や感情が蘇る」現象プルースト効果と呼ばれています。主人公が紅茶に浸したマドレーヌの香りを嗅いだ瞬間、幼年時代の鮮やかな情景が蘇る――この現象は、多くの人が類似した経験を持つ、嗅覚ならではの特徴です。


 

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嗅覚の特殊性:なぜ香りは感情や記憶に直結するのか

 

プルースト効果がなぜ起こるのか、その鍵は嗅覚が他の感覚と大きく異なる脳への伝達ルートにあります。

「におい」は、視覚や聴覚など他の感覚がまず視床を経由して大脳新皮質で情報処理されるのに対し、特別なルートを持っています。

他の感覚と嗅覚は大きく異なり、「におい」は大脳新皮質を経ないで、記憶を支配する海馬領域や感情を支配する 扁桃体 に直接的に伝わるため、いわゆるフラッシュ・バックのような症状を示すと考えられています。

引用:『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』平山令明著

このダイレクトな伝達ルートにより、嗅覚情報は大脳での解析前に、記憶や情動を管理する大脳辺縁系(大脳古皮質)に感知されます。

したがって、匂いを嗅いだ瞬間、その匂いが何かを思い出す前に、ある種の感情がどっと湧いてくるという、嗅覚独特の反応が起こるのです。

引用:『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』平山令明著

この仕組みは、生物にとって匂いに対する反応が急を要する重要な活動であったためと考えられます。


 

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香りの成分と歴史:精油(エッセンシャル・オイル)の誕生

 

私たちが「香り」として楽しむ成分の多くは「油に溶ける」性質を持っています。これらの成分は油そのものではありませんが、一般的に「精油」と呼ばれており、英語ではエッセンシャル・オイル(essential oil)と呼ばれます。

精油の抽出技術は古くから存在しますが、その確立に大きな役割を果たした人物がいます。

錬金術から科学への1つのかけ橋を作ったのが、 10 世紀から 11 世紀のアラビアにいたアビセンナ(イブン・スィーナー)でした。このアビセンナが水蒸気蒸留の方法を確立したと言われています。アビセンナは水蒸気蒸留を使って、バラの花からバラの香気成分であるアロマ精油を採ったという説があります。

引用:『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』平山令明著

天然から精油を得るのは非常に手間がかかる作業です。例えば、ジャスミンの場合、花1キログラムから1グラムのアブソリュートしか採れないというから、その希少性がわかります。


 

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香りの効能:ストレス軽減と認知症予防への期待

 

香りは、私たちの心身に具体的な影響を与えることが科学的に示されています。特にラベンダーの香りについては、ストレス軽減効果がいくつかの実験で確認されています。

例えば、数学の問題を解くストレスをかけた実験や、夜勤後の医療スタッフを対象とした実験では、ラベンダーの香りを吸引することで、ストレス・マーカー(コルチゾールやクロモグラニンAなど)の濃度が有意に下がったり、ストレスによる血管機能の低下が改善されたりする結果が出ています。

また、香りの活用は認知症の予防・改善にも期待が寄せられています。

午前中にローズマリーとレモンの香りの組み合わせで交感神経を優位に働かせて、集中力を高め、記憶力を強化することを行い、夜はラベンダーとオレンジの香りの組み合わせで副交感神経を優位に働かせて鎮静させることで、アルツハイマー病の症状の改善が見られたものと考えられています。

引用:『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』平山令明著

これは、香りの分子で嗅覚細胞を刺激し続けることが、嗅覚細胞の再生を活性化させ、認知症の予防につながる可能性を示唆しています。なお、嗅覚の衰えは老化とともに進行し、80歳になると約8割の人が嗅覚に大きな支障を感じるとされています。アルツハイマー病やパーキンソン病の患者では、嗅覚能力が顕著に低下することも知られています。


 

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香りの感じ方の多様性と注意点

 

最後に、香りの世界における興味深い事実と、使用上の注意点について触れておきましょう。

 

驚くべき識別能力と濃度による質の違い

 

2014年の衝撃的な論文によると、人間はなんと1兆種類以上の匂いを嗅ぎ分けられる可能性があるといいます。

しかし、匂いの感じ方は濃度によって大きく変化します。例えば、インドールという分子は、高濃度では糞臭のような嫌な臭いですが、薄くすると一変して白い花を思わせる甘い香りになります。これはジャスミンの個性にとって重要な役割を果たしています。また、匂い分子の濃度が高くなりすぎると、良い香りでも不快感や嫌悪感をもたらすことがあります。

 

匂いの感受性の個人差と安全性

 

匂いの感じ方は人によって大きく異なります。ヒトの汗に含まれるアンドロステノンのように、「不快な臭気」と感じる人もいれば、「甘くてフローラルな良い香り」と感じる人、さらにはまったく匂いを感じない人もいます。嗅覚障害を持つ人の詳しい実態については、まだほとんど分かっていません。

また、香りの安全性については、天然物=安全、人工物=危険という考え方は正しくありません。

中世のヨーロッパにいたパラケルスス(Paracelsus:1493-1541)は、「毒か薬かを決めるのはその用量である」と言いましたが、正にその通りです。

引用:『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』平山令明著

毒性のある物質でも量が少なければ問題なく、逆に一見毒に見えない物質でも、適量を超えれば毒になる可能性があります。砂糖や塩といった必須物質でさえ、一度に大量に摂取すれば危険となり得るのです。香りの効果を最大限に享受するためにも、適切な用量を守ることが大切です。


香りは、私たちの意識に訴えかけることなく、感情や記憶、そして身体機能にまで影響を及ぼす、非常にパワフルな存在です。今日の情報が、皆さんの日々の生活に香りを取り入れるヒントになれば幸いです。

皆さんは、これまでにどんな香りで「プルースト効果」を経験しましたか?コメントで教えてください!

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