現代社会において、「怒り」という感情は誰もが抱くものですが、特に高齢者の中にはそのコントロールに苦慮する人が少なくありません。精神科医である和田秀樹氏の著書『「もう怒らない」ための本』には、怒りのメカニズムや、それに対処するための具体的なヒントが詰まっています。
この記事では、老いの心理を踏まえながら、怒りの感情を乗りこなし、より穏やかで豊かな人生を送るための方法を探ります。感情的になることの「幼稚さ」を認識し、日常の小さな行動から自分自身を変えていくための考え方を紹介します。
怒りの感情が「幼稚」だと見なされる理由
高齢者の怒りとフラストレーション耐性
和田氏は、高齢者の心のケアに携わる経験から、怒りを抑えられない姿を「幼稚」と厳しく指摘します。
私は、高齢者の心のケアの仕事もやっています。決して丸くない老人たちをたくさん見ています。悲しいことですが、怒れる老人たちが格好いいとはとても思えません。 年を取ると子どもっぽくなるといわれますが、怒りが抑えられないのも、その表れです。怒ったらすぐに手が出る幼児と同じです。 怒りという感情をそのまま出すことがいかに幼稚なことか、私は怒りっぽい老人を見て、思い知らされました。
引用:『「もう怒らない」ための本』和田 秀樹著
また、心理学の観点からは、キレやすい状態を「フラストレーション耐性が低い」と説明します。
「フラストレーション耐性が低い」 キレやすいというのは、心理学ではそう説明されることがあります。自分の不満に耐えられない。つまりは、幼稚なのです。
引用:『「もう怒らない」ための本』和田 秀樹著
これは、自分の不満や思い通りにならない状況に耐え忍ぶ力、つまり精神的な成熟度が低いことを意味します。怒りを表出する前に、その感情が自分自身の「幼稚さ」の表れではないかと問い直すことが、コントロールへの第一歩となります。
怒りが湧いた時の即効薬:深い呼吸
怒りが頂点に達し、どうしようもないと感じた時、和田氏は「呼吸」による対処法を提唱します。これは、怒りによって酸欠状態になった脳の「皮質」に酸素を送ることを意識した、非常に実践的な方法です。
怒りでどうしようもないときには、皮質が酸素不足になっているのだと思って、意識してゆっくりと呼吸をしてください。何度も深い呼吸をしていると、皮質にも酸素が行き渡りますから、次第に怒りも収まってきます。 怒りで眠れないときも、呼吸を意識するといいでしょう。
引用:『「もう怒らない」ための本』和田 秀樹著
怒りを感じた瞬間、一度立ち止まり、ゆっくりと深く呼吸をする。これは、感情的な反応から一歩引いて、理性を呼び覚ますための、誰でもできる具体的な行動です。
怒りの対象を変える「事」と「人」の切り分け
怒りの感情は、しばしば「あの人」という特定の人物に向けられがちです。しかし、和田氏はその矛先を「事柄(事)」に変えることが、怒りの質を変化させると述べます。
「人」に対して怒るのではなく、「事」に対して怒るようにするのです。「あの人は、本当にひどい人だ」ということではなく、「あの人にこういうことをされるから腹が立っているんだ」という見方に変えていきます。
引用:『「もう怒らない」ための本』和田 秀樹著
「あの人が悪い」という人格攻撃から、「あの人の行動によって、こういう状況が引き起こされた」という事実の特定に視点を移すことで、感情的な興奮を鎮め、建設的な解決策を探る余地が生まれます。
また、不本意な要求を引き受けざるを得ない状況についても、怒りを抱くのではなく、「喜んで引き受ける」ことで、結果的に大きなプラスとなって自分に返ってくるという考え方を示しています。
どうせ断れないことなら、怒ってみたり、嫌な顔をせずに、喜んで引き受けるにかぎります。大きなプラスになって返ってきます。 身に降りかかった火の粉に怒っているだけでは、鎮火は望めませんよ。
引用:『「もう怒らない」ための本』和田 秀樹著
怒りをコントロールするための表現術と処世術
怒りを伝えるための言葉の選び方
怒りをそのままストレートにぶつけるのではなく、言葉や表現方法を選ぶことで、相手に不快感を伝えつつも、感情的な対立を避けることができます。
もうひとつのコツがあります。それは言葉選びと表現方法です。 「へえ、そういう考え方もあるんですね」 「なるほど。でも、ちょっと賛成できないね」 どう考えても相手に同意できないときには、そんな言葉を選んで怒りを出すのもいいでしょう。イラついていることを言外に伝えることもできます。 皮肉や嫌味でもいいでしょう。これも立派な表現方法です。 「ユニークでシンプルに考えるんだね。忙しそうだから、他人の感情なんか考えているヒマなんかないよね。じつにうらやましいね」 「やさしく教えてくれてありがとう。勉強になったよ。ところで、『釈迦に説法』という言葉、知っているよね」 相手の的外れな言葉には、そんな言い回しでもいいでしょう。ほんのちょっぴりスパイスを効かせた言葉で対応してもいいでしょう。
引用:『「もう怒らない」ための本』和田 秀樹著
「皮肉や嫌味」も立派な「表現方法」として容認し、感情を洗練された言葉でオブラートに包むことで、自分の中の怒りを発散させつつ、相手との関係を決定的に壊さない工夫を勧めています。
「損して得取れ」の精神
怒りを生む根源には、「損をしている」という感情があるとし、和田氏は「損して得取れ」の考え方を強く推奨します。これは、目先の損得ではなく、長期的な視点と周囲からの評価を重視する処世術です。
要するに、私が言いたいのは「損して得取れ」ということです。 目先だけ見れば損をしているように思えても、内にも外にも必ずあなたの態度を見ている人がいます。 そう思えば、怒りが湧くこともないでしょう。損をしていると思うから怒りが湧くのです。むしろ周囲に差をつけるチャンスなのです。
引用:『「もう怒らない」ための本』和田 秀樹著
たとえ誰もやりたがらない「雑用」であっても、積極的に、そして丁寧にこなすことで、その姿勢は必ず周囲の「誰か」に見られています。
誰も出ようとしない電話に進んで出るのは、これと同じではありませんか? 呼び出し音が鳴ったらすぐに取る。明るく元気に「もしもし」と出ます。 … 電話の応対は仕事のクオリティを映す鏡といっても過言ではありません。
引用:『「もう怒らない」ための本』和田 秀樹著
こうした一つひとつの行動が、「損をしているから怒る」という負のサイクルを断ち切り、自分自身の評価を高め、結果として未来の「得」につながるというのです。
価値観の「絶対化」を避ける
怒りの感情は、自分の価値観が否定されたと感じた時に最も強く湧き上がります。この問題を避けるための最後のコツは、自分の価値観を「絶対」だと思わないことです。
大事なのは、自分の価値観を「絶対」だと思わないこと。とくに、身近な相手に対して「絶対」と口にしないこと。「『絶対』とは絶対に言わないぞ」と、あらかじめ自分の心にインプットしておきましょ
引用:『「もう怒らない」ための本』和田 秀樹著
「絶対」という言葉を使わないと決めるだけで、他者の意見や行動に対する許容範囲が広がり、不必要な怒りを抱く機会を大きく減らすことができるでしょう。
怒りの感情は自然なものですが、それをそのまま表出することは、精神的な幼稚さの表れであり、周りにも自分にも不利益をもたらします。呼吸法で冷静さを取り戻し、「人」ではなく「事」に怒りの対象を向け、「損して得取れ」の精神で日々を丁寧に生きる。これらの知恵は、穏やかな老後のためだけでなく、すべての世代にとって大切な処世術と言えるでしょう。
あなたの日常で、怒りが湧いた時に試してみたいと感じたのは、どの対処法ですか?
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