「お客様は神様」という言葉を、誰もが一度は聞いたことがあるでしょう。この考え方は、日本の接客文化の根幹をなすものとして、長年にわたり良いサービスを生み出してきました。しかし、この言葉を盾に、従業員に理不尽な要求を突きつけたり、暴言を吐いたりする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が大きな問題になっています。
NHK「クローズアップ現代+」取材班が編纂した著書『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』は、この問題の根深さを浮き彫りにしています。この本を読んで私が感じたのは、カスハラが、社会の様々な課題が複雑に絡み合って生まれた現象だということです。
終わらないクレーマー、繰り返される嫌がらせ
この本には、信じられないようなカスハラの実態が数多く書かれています。
例えば、購入したばかりのコーヒーをタクシーの揺れでこぼしてしまい、クリーニング代を店に請求する人。缶ジュースの泡でカーペットを汚したとして、メーカーに文句を言う人。店員の何気ない一言や行動に過剰に反応し、怒り出す人もいるようです。「怒りの沸点が下がってきている」という指摘は、現代社会の閉塞感を物語っているようにも感じられます。
クレーマーの中には、自分の「正義感」を振りかざすことで、相手を攻撃する人もいます。彼らの目的は、問題を解決することではなく、相手をやり込めて「自分の存在を認めてもらうこと」にあるのかもしれません。
相手の非につけこむところがあるので、自分は正しいんだ、間違ってないんだと正義感を誇ってしまうと、態度が攻撃的になったり威圧的になったりするのが、クレーマーの特徴だと思います
引用:『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』NHK「クローズアップ現代+」取材班・編著著
彼らは、些細なクレームを何度も繰り返し、店員を長時間拘束します。特に高額商品を扱う百貨店や家電量販店では、こうしたケースが頻繁に発生しているそうです。
企業が取るべき「ノー」と言う勇気
カスハラに悩む企業や従業員は、どうすればいいのでしょうか。この本では、具体的な対策例も紹介されています。
まず重要なのは、従業員が一人でクレーム対応をしないことです。「どんな小さなクレームであっても、スタッフ一人で対応させてはいけない。クレームはチームみんなで考える。」というスタンスは、従業員の精神的な負担を軽減し、適切な対応にもつながります。
「一人にしない」という標語も作った。「どんな小さなクレームであっても、スタッフ一人で対応させてはいけない。クレームはチームみんなで考える。『担当者は一人』という形ではなく、『チーム全員が担当者』という形で対処するようにしました。
引用:『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』NHK「クローズアップ現代+」取材班・編著著
そして、時には「ノー」と断る勇気も必要です。航空会社のように迷惑行為を明文化し、毅然とした態度で臨む企業も増えています。
都内に6店舗を展開する居酒屋チェーンで、2018年夏から全ての店舗に掲げられた次の貼り紙が、ネットを中心に話題となった。「おい、生ビール」…1000円(税別)「生一つ持ってきて」…500円(税別)「すいません、生一つください」…380円(定価)お客様は神様ではありません。また、 当店のスタッフはお客さまの奴隷ではありません。引用:『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』NHK「クローズアップ現代+」取材班・編著著
この貼り紙は「お客様は神様」という従来の常識に一石を投じ、「従業員も大切な宝物」というメッセージを明確に打ち出しています。
カスハラをなくすために、私たちにできること
カスハラは、一部の悪質なクレーマーの問題だけではありません。私たち一人ひとりの意識が、この社会を変える鍵を握っているのではないでしょうか。
著書では、カスタマーハラスメントの背景には「過剰な自意識と他者に対する想像力の欠如」があると述べられています。
報告されるカスタマーハラスメントの事例をいくつも見ていくなかで、共通して感じたことが一つある。それは過剰な自意識と他者に対する想像力の欠如だ。
引用:『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』NHK「クローズアップ現代+」取材班・編著著
誰もが、誰かの「お客様」であり、同時に誰かの「従業員」でもあります。相手を思いやり、想像力をもって接すること。これが、カスハラの連鎖を断ち切る第一歩なのかもしれません。
あなた自身は、お店の人と接する時にどんなことを意識していますか?
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